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ヨーロッパを理解するには

《幸也の世界へようこそ》《幸也の言葉》 → 《ヨーロッパを理解するには》

日本人は 「ヨーロッパ」というものを余りに漠然と捉えているのではないでしょうか?
多分に 地理的に「このあたり」というだけの。
そして「なんとなく日本と違う」というぐらいの。

しかし 日本とヨーロッパとは実に様々な点で違っています。

ヨーロッパ 日本
建物 石造/煉瓦造り 木造
都市 城砦で囲まれていた 城砦を建てなかった
道路(自動車は) 右側通行 左側通行
石橋/アーチ橋 木橋/太鼓橋
陸運 馬車 人力/牛/馬
食べ物 麦/肉 米/魚
食具 ナイフ/フォーク
食事場所 屋外 屋内
被り/ボタン止め 合わせ/帯止め
身体 足を使う 手を使う


身の周りを見るといろいろと違っています。

その違いを捉えることによって そしてその違いの理由を知ることによって
「ヨーロッパとは何なのか」が見えてきて
そして「どうしてヨーロッパではこうなっているのか」を
あるいは「ヨーロッパとは何なのか」を
理解することができるかと思います。

ヨーロッパというのは 地理的にここからここまでという区分だけではなくて
その中身によっても 他と違っており
それらをまとめて「ヨーロッパ」という概念となるのです。
そして それを把握し認識し理解することによって
「日本とは何なのか」「日本人とは何なのか」もまた見えてくるかもしれません。

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ヨーロッパを理解するには 三つの重要点があります。
1)ヨーロッパの区分・・・ヨーロッパは三つに分かれている
2)ヨーロッパの民族・・・狩猟民族
3)ヨーロッパの社会・・・キリスト教社会


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1)ヨーロッパは三つに分かれている
東西に別れ 西ヨーロッパはアルプスを境にして南北に分かれている


ヨーロッパは 三つに分かれています。
まず 東ヨーロッパと西ヨーロッパとに分けられます。
そして 西ヨーロッパはアルプスを境にして 南北に分かれています。
南北ではっきりと違っているのです。
ですから ヨーロッパは東ヨーロッパ・南西ヨーロッパ・北西ヨーロッパ 
という三つに分かれていることになります。
ヨーロッパをカタカナの「コ」の字とすると
上の横棒の部分が北西ヨーロッパ
下の横棒の部分が南西ヨーロッパ
右側の縦棒の部分が東ヨーロッパです。
そして その違いは多岐にわたっています。

地形 山岳 平地/丘陵 平地
火山 ある 無い 無い(黒海以南に集注)
地震 (頻繁に)起きる (滅多に)起きない (滅多に)起きない
温泉 多い 少ない ほとんど無い
建築 石造 木造⇒煉瓦造り 木造(北)/石造(南)
民族 ラテン系 ゲルマン系 スラヴ系
体格 小さい 大きい 大きい
民族性 感覚的/おおらか 理性的/勤勉/真面目 陰気
言語 ラテン語系統 ゲルマン語系統 スラヴ系言語
気候 温暖 寒冷 とても寒い
アルコール飲料 果実発酵酒=ワイン 発芽麦発酵酒=ビール 蜂蜜酒/乳酒
食事 美食 粗食 粗食
宗教 カトリック プロテスタント 正教
宗教改革 起きなかった 起きた 起きなかった


でも ヨーロッパはカタカナの「ヨ」の字なのです。
真中の横棒がアルプスです。
アルプスを境に その南北で違っているのです。
まず ヨーロッパはアルプスと地中海北部を境にして 地形が違っています。
アルプス以南は山岳地帯が多く アルプス以北は平地か丘陵です。
この違いは 火山の有る無しから来ています。
アルプス以南には火山が多く有り アルプス以北には火山はありません。
火山があると地面が動きますから地面に皺がよります。これが山や谷です。
火山が無いと地面は動きませんから 平らなままです。
火山があると地震が起きます。火山が無いと地震は滅多に起きません。
火山があると温泉が湧きます、火山がなければ温泉は少なく 冷泉がほとんどです。

山岳地帯には 石や岩がたくさんあります。
ですからアルプス以南では建物は豊富にある石を使って建てました。
平地には石や岩は余りありません。
ですからアルプス以北では建物は木で建てました。
(しかし 森が少なく木が取れない地域では 後に粘土を焼いた煉瓦で建てるようになりました。)

暮らしている民族も違っています。
東ヨーロッパにはスラヴ系民族。 
アルプス以南にはラテン系民族。
アルプス以北には(以前はケルト民族 その後)ゲルマン系民族。
スラヴ系民族は 身体が大きい/筋肉質/体毛が濃い/金髪/手足が長い/頭部(顔)が小さい/頭がやや縦長
といった体型的特徴を持っています。
ラテン系民族は 身体が小さい/黒髪/目鼻立ちがはっきり/頭部が縦に短い といった体型的特徴を持っています。
ゲルマン系民族は 身体が大きい/褐髪/頭部が縦長/顔が大きい といった体型的特徴を持っています。

人々が使っている言語も違います。
東ヨーロッパではスラヴ語系・・・スラヴ祖語から分化した
ロシア語/ウクライナ語/チェコ語/スロヴァキア語/ポーランド語/ブルガリア語/セルビア・クロアチア語 など。
アルプス以南ではロマンス語系・・・ラテン語から分化した
ギリシャ語/イタリア語/スペイン語/ポルトガル語/ルーマニア語 など。 
アルプス以北はゲルマン語系・・・ゲルマン祖語から分化した
ドイツ語/オランダ語/デンマーク語/スウェーデン語/ノルウェー語/英語 など。
(フランス語は例外で ロマンス語派)

気候も違っており
東ヨーロッパは内陸ですから かなり寒くなります(=暮らしにくい)。
アルプス以南は温暖です(=暮らしやすい)。 
アルプス以北は寒冷です(=暮らしにくい)。
日照時間も違い
アルプス以南は緯度が低いですから日照時間は年間を通してそれほど変化はなく 
アルプス以北は緯度が高いので 夏は昼がとても長く 冬は昼の時間はかなり短くなります。

気候が違うと 民族性も違ってきます。
アルプス以南は 気候が温暖で 食材を手に入れるのが容易だったということは 
すなわち あくせく働かなくても食べ物が手に入ったということです。
暖かく 食べ物も有る ⇒ のんびり暮らせる/頭を働かせなくても良い ですので
ラテン民族は 感覚的(心地良い/きれい/美味しい)/情緒的(好き嫌い)/怠惰(あくせく働きたくない)/陽気=脳天気
という民族性になりました。
しかし アルプス以北は寒く かつ食材を手に入れるのが困難でしたから
食べ物を手に入れるためには 働かなければなりません。
働くだけではなくて どうしたら食べ物を手に入れられるか 考えなければなりません。
そして 皆で協力し合わなければなりません。
ですから ゲルマン民族は 理性的/勤勉/団結(全体のことを考えて 皆で働く)
という民族性になりました。
東ヨーロッパは 内陸でとても寒くなります。
家にこもって過ごすことが多く 寡黙で内向的なり 陰気で鬱になる人も多くいます。

飲み物は 東ヨーロッパでは。蜂蜜酒と乳酒で(今では麦を使ったウォッカも)
アルプス以南では(果実醸造酒の)ワインですが
アルプス以北では(発芽麦醸造酒の)ビールです。
ワイン用の葡萄を栽培するには気候が温暖で 水はけの良い傾斜地が必要です。
アルプス以北はその条件に適っていませんから葡萄が栽培できない=ワインが造れないのです。
食材を手に入れるのも 温暖なアルプス以南では容易でした。
ですから 「美味しい」とか「不味い」とか 食べ物を選択できました。
寒冷なアルプス以北では 食材を手に入れるのが困難でしたから
「美味しい」とか「不味い」とかは言っていられません。
麦を栽培することによって主食としましたが
とにかく手に入ったものを食べるしかありませんでした。
後にジャガイモが伝来して 重要な食べ物となりました。

宗教的には ヨーロッパ全体がキリスト教ですが
東ヨーロッパは正教 アルプス以南はカトリック アルプス以北はプロテスタントです。
この違いは すなわち 宗教改革が起きたのはアルプス以北のみであり
アルプス以南では起きなかったからです。

2)ヨーロッパ民族=狩猟民族

日本人は 米を主食とする農耕民族です。
それに対して ヨーロッパ人は狩猟民族です。狩に行って獲物を射止めて食べます。

穀物である米は 貯蔵しておけます。
ですから農耕民族である日本人は 田で稲を栽培し 実った米を秋に収穫し それを貯蔵し
次の収穫時まで毎日同じ分量を食べることができました。
しかし 肉は貯蔵しておけません(でした)。
狩で取れた獲物は すぐに調理して食べなければなりません。
しかし 毎日同じ量の獲物が取れるでしょうか?
勿論獲れません。場合によっては 何日も獲れません。
何日も獲物が取れない=食べるものが無いと 当然空腹になります。
農耕民族は 植物を「育てる」ことによって食べ物を得ますが
狩猟民族は「獲る」ことによって食べ物を手に入れますから 
「自分たちの手で食べるのに必要なものを作る」ということをしません。
ですから 何日も狩で獲物が獲れずに空腹になると 
「とにかくどこかから奪おう」ということになります。
(そもそも 狩というのは奪っているのですから。)

こうして 狩猟民族であるヨーロッパ人は
「ものをとるのは当たり前」「殺すのが当たり前」「獲った獲物は自分だけのもの」という文化
すなわち「略奪文化」を作りました。
日本人は 「育てるのが当たり前」であり
「皆で協力して田で稲を育てる=皆で分かち合う」集団社会 すなわち
「共存共育共栄文化」を作りました。

略奪社会の中では 常に誰かが奪い 誰かが奪われます。
奪われないためには 防御が不可欠です。
ですから ヨーロッパでは お金持ちは堅牢な石造りの建物を建てました。
ヨーロッパの都市は 都市全体が略奪されないように城壁で取り囲まれました。城砦で都市を守りました。
そして 植民地を持ち その土地の人々を奴隷として働かせることを当たり前とするようになりました。
そして 近代になると「重商主義」をとるようになりました。
あくまでも 自分たちの手では作り出したくないのです。
商売で儲ける方が大事なのです。

「共存共育共栄文化」の日本は
「自分たちに必要なものは自分たちの手で作り出す」ことを当然としました。
ですから 江戸時代260年間鎖国をしても 豊かな社会を築くことができたのです。
(日本の伝徳文化のほとんどは 鎖国時代に作られたり完成したりしています。)

日本では 食事は箸で米を食べましたが
ヨーロッパでは 主人が肉切りナイフで切り分けた肉を 手づかみで食べていました。
(「神が与えたもうた最も素晴らしい道具である手で食べるべきだ」という理屈が付けられました。)
やがて 一人ずつがナイフを使って(しかし手づかみで)食べるようになり
18世紀後半に入って イタリアでスパゲッティーを食べやすくするためにフォークが使われるようになり
それが他の地域にも伝播していきました。
ですから ナイフ+フォーク+スプーンの三点セットが使われるようになったのは
19世紀初頭になります。
また 狩は屋外でします。そして 屋外で調理します。そして 屋外で食べます。
ですから 今でもヨーロッパ人は屋外での飲食を好みます。
日本では 米は屋内に貯蔵しておきます。そして 屋内で調理します。そして 屋内で食べます。

ここまで述べてきたヨーロッパ人の狩猟民族としての特徴は
特にアルプス以南のラテン民族において顕著なものです。
しかし そのラテン民族の民族性は 時代と共にアルプス以北のゲルマン民族にも波及しました。
ゲルマン民族は そもそもは森の中で集団の生活をし 「共存共育共栄社会」で生きていました。
しかし 時代と共に「略奪社会」へと移行していきました。
その代表の一つが「ヴァイキング」です。
「ノルマン人=北方人」と呼ばれるスカンディナヴィアの人々が 
極寒の食糧事情の非常に悪い地域から 南方へと略奪に乗り出したのです。

そして もう一つの代表が「キリスト教」です。

3)ヨーロッパ=キリスト教社会

ヨーロッパは 西暦(キリスト暦)のこの二千年間 キリスト教社会でした。
「キリスト教社会」というのは すなわち
「キリスト教が 世の中を支配し統治してきた」ということです。
日本は「仏教社会」「神道社会」でしょうか?
そういう言い方はしません。
なぜならば仏教も神道も 世の中を支配したり統治したりしていたわけでは無いからです。
(江戸幕府は 戸籍制度を国が管理するのでは無く 仏教寺の檀家制度を使いましたが。)
ヨーロッパの場合には キリスト教は世の中を支配し統治していました。
すなわち ヨーロッパでは「全ての人が 生まれた瞬間から死ぬ瞬間までカトリック信者」であり
ヨーロッパの全ての人のことを管理していました。
キリスト教カトリックが ヨーロッパ社会の総元締めだったのです。

正統派キリスト教(を名乗る)カトリックが 
略奪社会であるヨーロッパの総元締めということは
すなわち カトリックは「略奪社会の総元締め」です。
つまり「略奪の親分」です。

キリスト教は 四世紀はじめにローマ帝国の国教となりました。
それまでは弾圧されていたのが 手のひらを返したように「国教」となった
それはすなわち キリスト教が「宗教」であることを止めて 
国家権力と結び点いたということです。
そもそも 「キリスト教」を名乗っているものは イエス・キリストが始めたものではありません。
イエス・キリストは ユダヤ人の一人としてユダヤ教を本来の正しい姿へと戻そうとしました。
彼の死後 (ユダヤ人ではない)ローマ人であり 
かつキリストと一度も逢ったことの無いパウロが 
イエス・キリストの名を借りて始めたものが その後の「カトリック」であり
そのカトリックの教義の中には イエス・キリストの教えはほとんど入っていません。
つまり 正確には「キリスト教」ではなくて「パウロ教」なのです。
そして そのキリスト教は 「原罪」を基本教義としました。
「アダムとイヴが 神から止められていた禁断の知恵の木の実を食べてエデンの園を追放されて以後 
この地上に生まれた全ての人間は その罪を犯したアダムとイヴの子孫なので
生まれながらにして罪人である」というのが「原罪」です。
そしてその罪をあがなうために 全ての人は日々の労働をし 
労働によって得たものを 教会に献金しなければならないのです。
(すなわち カトリックにおける献金とは 罪人であるがゆえの罰金なのです。)
そして 罪人はその一生を罪人として罪人らしく惨めに生きなければならないのです。
罪人は決して幸せに生きてはいけない 決して豊かになってはいけない 決して賢く生きてはいけないのです。
罪を犯すのは 愚かだからです。
罪人は 一生罪人として愚かな人間として生きなければならないのです。
そして その愚かな人類の罪を一身に背負って 
イエス・キリストは十字架に磔(はりつけ)にされるという 惨い死に方をしたのだから
よりいっそう 人間は罪深いのです。

これがカトリックの教義でした。
つまりは カトリックは 人々を幸せにしようとしていたのではないのです。
全く逆に 全ての人を罪人として惨めな一生を送るように強要していたのです。
結局 正統派キリスト教(を名乗っている)カトリックとは
ヨーロッパの全ての人から献金を集める集金組織だったのです。
全ての人から効率良く集金するには 全ての人が一生罪人でなければなりません。
一生愚かなままでなければなりません。
そして お金持ちから多額の献金を集めるために
「金持ちであるほどに天国に行くのは難しい=より多くの献金をしなければ天国に行けない」
という教えを説きました。

この仕組みから外に出ることはできません。
ヨーロッパの全ての人間が カトリック信者なのです。
(例外はユダヤ人だけでした。しかし ユダヤ人は「人非人」とされていました。)
(「人間=カトリック信者」なのですから カトリックから破門されたらばその時点で人間としては認められなくなります。) 

ヨーロッパ=略奪社会の総元締めがカトリックでしたから 
カトリックも当然「植民地主義」を公認しました。
その言い分としては 「人間=カトリック信者」ですから
カトリック信者で無ければ人間ではないのです。
人間ではないのですから 狩で獲る動物と同様に殺してもかまわないのです。
牛や馬に畑仕事をさせるのと同様に労働に使ってもかまわないのです。

こうして カトリックが植民地主義を公認したことによって
ヨーロッパ人は大手を振って植民地獲得に狂奔することになります。
そしてその先頭部隊として派遣されたのが イエズス会でした。
まずは 現地の人々にキリスト教を伝えます。
信者になれば献金を搾り取ります。
信者にならなければ奴隷にします。
そうやって カトリックが世界各地を植民地化していき
アジアも 南アメリカ大陸も アフリカも 
全く余地が無くヨーロッパ諸国の植民地とされてしまったのです。

そして この「植民地主義=略奪主義」すなわち
「自分で生み出すのではなくて 他から奪う」という考え方は
いまだにヨーロッパ人を支配しているのです。
カトリックへの反発から 15世紀のイタリアでルネッサンスが起きました。
16世紀にはアルプス以北で宗教改革が起きました。
しかし 「略奪主義」のヨーロッパを変えることはできませんでした。

EUはなぜうまくいかないのでしょうか?
それはまさにそれが理由なのです。
ヨーロッパ諸国が 豊かさを「生み出す」「作り出す」ことを目指して集まっているのではないのです。
ほとんどの国が 「もっと豊かな国から助けてもらおう」と思っているのです。
「すがろう」と思っているのです。
すなわち「奪おう」と思っているのです。

そして ヨーロッパ内の移民も同様です。
彼らは あくまでも「もっと豊かに国に行けば 助けてもらえるだろう」と思っているんです。
単にすがりたいから=奪いたいから移住しているのです。
その証拠に 移住した国に貢献するつもりはありません。
移住した国に感謝するつもりもありません。
彼らの文化を持ち込んで 移住した先の国の文化をどんどん壊しているのです。

あるいは 欧米諸国が過去の植民地主義を本当に反省しているのだったらば
なぜ第二次世界大戦中と前の日本の中国大陸・朝鮮半島・台湾の統治を批判できるのでしょうか?
それらの批判は多分に 自分たちがやましいことをしてきたことを棚に挙げ
誤魔化すための方便に過ぎません。

これらはいずれもが キリスト教社会であるヨーロッパがしてきたことの延長なのです。

そういう「ヨーロッパ=キリスト教社会=略奪社会」の中で
当然 それに疑問を持ち 違う生き方を選び
それを他の人々に伝えようとした人たちもいました。
それはすなわち 敏感な人々であり 頭の良い人たちであり 勇気のある人たちであり
そして 創造力のある人たちでした。
それは 聖堂騎士団/フリーメイソンリー/薔薇十字会をはじめとする秘密結社であり
また 芸術家たちなのです。
しかし そういう人たちはカトリックに対して反抗したり戦いを挑んだりはしませんでした。
カトリック信者の「ふり」をしながら カトリックの教義とは別のことを
その芸術作品によって表現し伝達しようとしたのです。
それが レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとする芸術家たちでした。
「宗教画=キリスト教絵画」のように見えるものも 実は
「カトリックの教義」を人々に伝えるために作られているのではなく
「反カトリック=真に人間が幸せに生きる導き」として作られているものが多いのです。
ヨーロッパにおけるキリスト教芸術を鑑賞するに当たっては 
このことを知っておくことがとても重要なのです。

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☆ まとめ
これまで述べてきた三点

1)ヨーロッパは三つに分かれていること。
特に アルプスを境に南北に分かれていること。
その南北の違いが 様々な文化の違いを生み出していること。
2)ヨーロッパ人は狩猟民族であり 「奪う」「殺す」のが当然であること。
逆に「作り出す」「育む」ことはおろそかにすること。
3)そのヨーロッパ社会の総元締めがキリスト教カトリックであり
略奪社会を正当化し 率先して略奪してきたこと。

これらをきちんと把握すれば 
ヨーロッパをより深く理解できるかと思います。
すなわち 一つ一つ説明してもらわなくても
いろいろな点で「だからこうなっているんだ」と自ら納得できるようになる ということです。


(2019年5月5日)


「アメリカの南北戦争と共和党/民主党に繋がるヨーロッパの民族区分」はこの内容の続きとなります。


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