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《幸也の世界へようこそ》《幸也の言葉》 → 《身体の動きと表現》  

身体の動きと表現

(1)


日々の生活の中での感情表現

私たちは日常生活において
様々な行動をし 様々な感情表現をしています。
あるいは 私たちは 常に何かを考え 感じ
そして 言葉として発したり 行動したりしている
それら全てに感情が入っている とも言えます。
そして それらの行動と感情とが結び付いている
あるいは 特定の感情表現と身体の動きや姿勢とが結び付いているのを
自覚しているかもしれません。
逆に言うと
ある 身体の姿勢や動きは
特定の感情を表している ということになります。
「喜怒哀楽」という言葉がありますが
これら四つの感情だけではなく
私たちは様々な感情を日々感じ 表現しつつ生きている
それらは全て 身体の姿勢や動きと関連し合っています。

例えば 私たちは
悲しくて泣く時には 頭を下に向けています。
これは感情が心の中に溜まっているからです。
頭を真っ直ぐに向けて泣いているのは 何かを堪えている時か
心の中に溜まっていたものが解けて流れ出していく時です。
もし 頭を上に向けて泣いていたら それは 感情を解き放ちたい気持ちの現れです。

笑う時も同様に
上を向いて笑うのは 「笑い飛ばす」という言葉に表れているように
感情を発散し解き放ちたい時です。
下を向いて笑うのは 他人に見られたくない こそこそと笑う時です。
笑う気持ちを他人と分かち合いたい時には 顔を下には向けません。

楽しい時や嬉しい時には
心が開いている状態ですので
鳩尾(みぞおち)が開いていて ですので下は向きません。

怒っている時には
身体が力んでいます。
拳に力が入っていたり 足を踏ん張っていたりします。
顔にも 「青筋を立てる」という言葉があるように 力が入っています。

身体を休めている時には
重心は後ろにあります。

「何かしたい」という 前向きの気持ちの時には
重心は前にあります。

このようなことは 私たちの日常生活の中で
しばしば体験していることであり ですので自覚し易いことではないかと思います。


エネルギーの動き

私たち この宇宙に存在しているものは
全てがエネルギーです。
エネルギーで無なければ 存在していません。
そして 全てのエネルギーは 動いています。
動きを伴っている 変化する というのが
宇宙の中の全てのエネルギーに共通している性質です。
そして その「動き」とは
方向と速度とを伴っています。
つまり 動きとは ある方向に ある速度で 移動したり 変形することです。
この「方向」と「速度」とが 全てのエネルギーの動きの要素です。

ということは 私たちの身体の動きや姿勢もまた
方向と速度とを伴っています。
つまり それぞれの身体の姿勢や動きは
結局 方向と速度とにそれぞれの性格が現れ
かつ それに関係した感情が表現されるということになります。


方向

方向には 分類すると幾つかの種類があります。
実際には 空間の中で身の回りの様々な方向に動く可能性がありますが
大雑把に分けますと 身体の動き・姿勢は 五種類・十方向に分類できます。

上下・左右・前後・回転(右回り・左回り)・収縮拡張 の五種類・十方向です。

上下とは 上方向と 下方向です。
左右とは  左方向と 右方向です。
前後は 前方向と 後ろ方向です。
回転とは 回る動きで 左回りと右回りがあります。
(エネルギーの動きとしては 前方向への回転と 後ろ方向への回転も有り得ますが
身体の動き・姿勢としては 一般にはありません。)
そして 収縮とはものが縮まっていく 拡張とは拡がっていく方向です。

それらの全ての方向性が
それぞれ特定の心のあり方 あるいは感情と結び付いています。


前方向

前に行くのは 「前向きの姿勢」という言葉に表れているように
何かをしたい=行動したい気持ちの現れです。
何かをしたい気持ちの表れではあっても それは
身体を動かす「行動」においてであって
頭の中でだけ何かをしたい という場合には
(つまり何かを考えるということですが)前向きの姿勢はとりません。
前方向とは 実際に前向きに動いている他に
立ち止まっている あるいは座っている・腰掛けている状態においては
身体の重心が前の方にあるということです。
身体が前傾している 足の踵側では無く指側に体重が掛かっている状態です。
ですから 「前向きの姿勢」というのは 実際に前方向に動いているだけではなく
身体の前の方に重心があるからこそ 前方向に動いている ということです。
頭の中でだけ何かをしたいと思ってはいても
身体を使った行動を伴わない場合には 重心は前にはありません。

前に重心がある→前傾姿勢→前に進む というのは 身体を動かすのが得意 ということでもあります。
肉体的に行動的である ということです。
このように 「前」は 積極性あるいは能動的・行動的ということを現しています。
積極的・能動的ということは 緊張している状態でもあります。
弛緩していない リラックスしていない状態です。

後ろ方向

それに対して 後ろ方向は
「後ろ向き」という言葉に表れているように 積極性の反対 消極性の顕れです。
これも 実際に後ろ向きに動くというだけでは無く
身体の後ろの方に重心がある状態でもあります。
足の踵側に重心があります。
そして 後ろに重心があるのは 弛緩状態でもあります。
リラックスしているときには 身体の後ろ側に重心があります。
リラックスしたい時に何かに寄り掛かるのがその表れです。
身体を後ろに傾かせているか 踵に体重が掛かっていると すぐには行動できません。
つまりこの体勢は 行動したくない気持ちの現れです。
「~するよ」と言葉では言っていても 重心が後ろにあったらば 実際にはすぐには行動しません。

そして 能動的であるよりも 受動的である状態です。

左右方向

左右は エネルギーの流れの中でも 特に地球のエネルギーと関わり合っている方向です。
なぜならば 地球は自転していて 地表にいると
エネルギーは縦の動きでは無く 横の動きになるからです。
様々なエネルギーの流れの中でも 私たちが普段自覚していない流れが
「時間」エネルギーの流れですが
全て 自然なエネルギーの流れは 「左から右」であり
時間もまた 全ての人において 左から右に流れています。
それによって 左方向と右方向との違いが出てきます。
つまり 時間が左から右に流れているということは
左向きは 時間の流れに逆行する動きです。
それに対して 右方向は 時間の流れに乗った動きになります。
逆行するのは緊張を生みます。流れに乗るのは弛緩です。
ですから 普段の生活の中で
どういうところで時間が左から右に流れているのかを自覚出来るのかというと
例えば 欧文などの横書きは(この文章もですが) 左から右に書きます。
楽譜もまた 左から右への方向に書きます。
これは 時間の流れに乗っている方向だから こうなっている訳です。
ですので もし文章を右から左へと書きますと
それを読む時には 何か緊張感と言うよりも 抵抗を感じるのではないかと思います。
この抵抗感とは 普段していないから・慣れていないから というだけでは無くて
時間の流れに逆らっているところから生じるものです。
あるいは 時計の針がなぜ 右回りなのかも この時間の流れからきています。
(デジタル時計ではそれを感じられませんが....)
昔の人は こういうことを体感していて だからこそこのように
左から右への文章の書き方や 時計の作りが出てきた訳ですが
それだけではなく 例えば
そもそも 「左」「右」という言葉はどういう意味なのかというと
左=火足り 右=水気 で
つまり左からエネルギーが入ってきて 右に流れ出ていくことを現しています。
これが なぜ 右利きの人の方が多いのかの理由です。
エネルギーが流れ出ていく側で何かをするのが自然だからです。
あるいは 「北枕」という言葉がありますが 寝る時に頭を北に向けるのも
この時間の流れに乗った状態で休むためのものです。
身体を仰向けにして横たわると
頭を北向きにした場合 足は南向き 左が東 右が西になります。
地球はぐるぐると自転していますが 北から見ると左回りですから
地上の一地点に居ますと 東向きに動いていることになります。
ですから 北枕で寝ると(ただし仰向けで無いとそうなりませんが)東に左を向けることになり
時間の流れに乗った 自然な状態で休むことになります。
つまり 寝ている間に自然に宇宙エネルギーが身体に入ってくる方向だということです。

けれども 身体の姿勢・動きの方向においては
意思としての「前向き」「後ろ向き」つまり積極性・消極性は 前後の方向に現れます。
それに対して 自覚していない自然な時間の流れが左右方向に現れます。
そして 時間の流れに逆らっているか乗っているかは
緊張や弛緩を生みますが 身体の緊張・弛緩だけではなく
心の緊張と弛緩を生みます。
左方向は時間の流れに逆らっているので緊張を生みますが
心の状態としては 緊張によって物事を楽しめない状態でもあります。
楽しめないというのは 悲しみでもあります。
あるいは 感情を抑制している状態です。
それに対して 右方向はその逆です。
時間の流れに乗っている=弛緩しているからこそ
物事をリラックスして受け取れ・感じ取れます。
これは 物事を楽しみ 感情を開いている状態です。
けれども 左右方向は 自覚していない時間エネルギーの流れの反映でもあり
左は未来 右は過去に関わっています。
ですので 右重心の人の方が記憶力が良いことになります。
しかしながらその記憶力とは あえて記憶しようとしたことというよりも
感情と結び付いていることの記憶に長けているのが特徴です。
「喜怒哀楽」を感じたときのことを思い出すのが得意 ということです。
それに対して 左向きは未来を現していますが
悲しみ+未来ということは 悲観的未来であり つまり「心配」ということになります。
ですので 簡単に言うと
右重心は 楽天的・感情豊かで
左重心は 悲観的・感情を抑制した状態という違いになります。
更に 内臓は左右非対称のものがありますが その中でも消化器はそのひとつです。
胃は 左上から右下の斜めの形をしています。
これもまた 左右の重心の違いに反映します。
右重心ならば 胃の中で物が自然に流れていく方向ですが 左重心ではその逆です。
ですから 右重心ならば 胃の働きが自然と活発になり お腹がすき易くなります。
逆に左重心ですと 胃の働きを抑制しますから お腹はすき難くなります。
消化機能と関わっていることは 感情の消化
あるいは物事の受け取り方にそれが反映していることにもなります。
左重心だと 感情をも消化出来ないことになります。
あるいは 物事を素直に受け取れないということにもなります。
右重心ですと 感情をも素直に流せる=表現できる ということになります。
ただし 素直に表現できる というのは
自覚しないで表現してしまっていると 言った方がより正確かもしれません。
このように 前後と違って 左右は 自覚していないことにその特徴が顕れることが多くなります。

上下方向

私たちは 地上に生きています。
下は 地面です。上は 空です。
空は 天です。そして 宇宙に繋がっています。
あるいは 下方向には地面がありますから 空間的な広がりがありません。
それに対して 上方向は空間的な広がりがあります。
これが 上と下との方向の違いになります。
あるいは 身体は頭が一番上にあります。足が一番下です。
頭は考えるためのもの 足は立ったり歩いたりするためのものです。
頭部には 顔に目・耳・鼻・口といった 感覚器官があります。
感覚とは 自分の外の何かを受け取って判断したり反応したりすることです。
上方向のエネルギーの流れとは
考えること・想像・空想・インスピレーションなどと関わっています。
考えること・想像・空想・インスピレーションなどは 無限です。
時間的にも空間的にも制限がありません。幾らでも広がることが出来ます。
身体において エネルギーの流れが上下方向だということは
頭にエネルギーが行き易い
あるいは 重心が頭にある ということです。
ですから 考えるのが得意 ということです。
けれどもそれは同時に 頭を働かすのは得意であっても
頭と身体とを連動させるよりも 頭だけを活発に働かせて
行動するのは苦手 ということでもあります。
ただし 人体という縦に細長いものの重心が上の方にある訳ですから
傾き易く 倒れ易くなります。
実際に倒れるのではなく 動き易いということですが
ですから 身軽に見えるかもしれません。

エネルギーが上に行くのは
考える・空想する・想像する といった活動を活発にしますが
インスピレーションとは 自分の外にある 目に見えない情報を受け取るということですから
あるいは 感覚も 自分の外の何かを受け取って判断したり反応したりすることですから
「受け取る」「受け入れる」ことが必要になりますが
これは 下向きのエネルギーの流れになります。
ですので 上向きにも そして下向きにもエネルギーが流れる
それによってこそ 本当に頭を有効に役立てて働かすことが出来ることになります。
もしこれが 上向きにのみ エネルギーが流れ易くなりますと
想像・空想は得意でも それは何かを受け取るのは苦手
ということですから ひとりよがりの空想になってしまいます。

エネルギーの流れが上下方向だということは
横の流れが少ないということです。
つまり 地上における横の関係
例えば他人との関係 あるいは物との関係が少ないことを意味しています。
他人と群れをなしたり 物質に執着することが少ないと言えます。
エネルギーの流れが上下にスムーズな場合には
人間関係にも 物質にも執着せず 淡白だと言えます。
けれども 下向きのエネルギーの流れが強くなり過ぎると
他人との あるいは物との関係を持つのが不得手なのにもかかわらず
エネルギーを流せない 発散できない状態になるために
人間関係や 物との関係を重荷に感じるようになったり あるいは執着するようになります。
上向きのエネルギーの流れが強いと 非現実的な想像・空想をしやすいですが
逆に 下向きのエネルギーの流れが強いと 現実的な かつ些細なことにこだわり易くなります。

回転

動きとしての回転は 循環を生み出します。
そして 固体の中では回転のエネルギーは 捻れ(ねじれ)の形を生み出します。
循環ということは 発展性が無いということです。
もしも 回転運動に上下や前後の動きが加われば
螺旋運動となり発展が生まれますが それが無ければ
回転運動には 発展性が無い ということになります。
そして 固体の中で回転運動があると 捻れの形になりますが
その捻れによって 固体は強さを増します。
例えば タオルや雑巾をそのままでは立てることは出来ませんが
もし絞って捻れば立てることが出来ます。
けれども もともと強ければ 敢えて更に強くする必要はありません。
ですから 強くないものを敢えて強くする時に この 絞り・捻りが生じます。

身体の中でのエネルギーの流れは このように絞り・捻りの形を作りますが
身体そのものを回転させると 三版神経が麻痺して平衡感覚を失います。
あるいは ものが回転運動をしている時には 遠心力が働いていて
ものは外に飛び出そうとしています。
身体の中でのエネルギーの回転運動は
身体の上半身と下半身の境目=腰が中心となります。
ですので 腰に重心があります。
そのために 一見すると重心が下にあるので安定しているようにも見えますが
体内のエネルギーが回転運動をとりやすい人というのは
実は内面的には 余り平衡感覚が発達していない
あるいは 求心力が無い そして発展性が無い
そして 敢えて強くする=強がりであり 強がる=勝ち負けにこだわる
ということになります。

人は 競争心がある時には 身体を捻ります。
強がる時にも身体を捻ります。
けれどもこれは 強がっているのであって 本当に強い訳ではありません。
ですから 身体を捻っているのは「空威張り」の状態でもあります。
そして その状態の時には 心は 他を受け入れる余裕がありません。
リラックスしていませんから 安心感も感じられません。
心も いつでも「構えている」状態です。 
構えていますから 他人や物事の状態を素直に受け止めることが出来ませんし
それは自分自身にも他人にも「あるがまま」を認められない状態とも言えます。
ですから 自分自身の心の状態を認識できません。

身体の中で エネルギーが左回転すると
時間などのエネルギーの流れに逆行しますから 緊張を生みます。
逆に 右回りの回転をしますと
エネルギーの流れに乗ることになりますから 左回転ほどの緊張は生まれません。

収縮・拡張

ものが収縮するのは その字のとおり縮まって収まる
つまり内側にエネルギーが集まっていくということです。
逆に 拡張するのは エネルギーが散っていくということです。
拡散と言い換えても良いかもしれません。
身体の動きにおいての収縮は 例えば寒い時には身体をギュッと縮ませます。
エネルギーを身体の内側に集中させて暖かくしようとすると共に
寒い外部と肉体とを遮断しようとしてそうします。
あるいは 排尿を我慢している時にも身体を縮めています。
尿が外に漏れないようにしている訳です。
逆に 熱い時には 身体を開放させて 体温を発散させ風にあたろうとします。
あるいは 何か行動を起こそうとしているときには 身体を緊張させて締めていますが
リラックスしているときには 身体を緩めているのはつまり 開いている状態です。
これらは一時的な身体の動きですが
エネルギーの動きの方向が 常にそうなっていると
当然 身体は収縮させ続けていれば 縮んできます。
骨盤も肋骨も内臓も筋肉も縮んできて締まります。
あるいは拡張し続けていれば 身体が膨張してきます。
骨盤も肋骨も内臓も筋肉も 締まりがなくなってきます。

締まっている状態は つまり集中している状態ですが
心がそのような状態であるところからきています。
心が何かに集中しているからこそ 身体もそうなっている ということです。
集中は 内向とも言い換えられます。
心が内側に向いている訳です。
ですから 集中している人は 自分と外部とを遮断していて
その遮断によって集中できる状態を作り出しているとも言えます。

逆に エネルギーが拡張し続けている身体では
自分と外部とを遮断していません。
遮断してしまったら エネルギーが散っていかないからです。
心も内に向かうのでは無く 外に向かっています。
自分と他人とを一体視しているとも言えますし
エネルギーを散らす=自分のものを分け与える つまり
おおらかで大楊で 気前が良い とも言えます。
ですので 収縮状態は 閉じている
拡張状態は 開いている というようにも言い換えられます。


身体の姿勢・動きの日常生活での活用

以上五種類・十方向 上下・左右・前後・回転(右回り・左回り)・収縮拡張の
心身における特徴をまとめてみますと
上=思考・空想・想像・インスピレーション・肉体行動が伴わない・地に足が付かない・非現実的
下=想像力が働かない・人や物との関係を重荷に感じる・
物に執着する・些細なことに現実的・肉体行動が伴わない
左=悲観的・感情の抑圧・心の緊張
右=感情的・感覚的・楽天的
前=(肉体的に)行動的・能動的・緊張
後=リラックス・受動的・弛緩
回転=動き・強くする(強がる)・安定性が無い・発展性が無い・構えている・素直でない・競争心
収縮=縮める・集める・集中・内向・閉じる・遮断・緊張
拡張=広げる・外向・開く・分け与える・弛緩
となるでしょうか。


このように 身体の姿勢・動きには
それぞれの方向によって性格の違いがありますから
それはまた 日常生活において
身体の姿勢・動きの方向によって
自分自身の感情なり行動なりをコントロールできる ということをも意味しています。



この文章は《 身体の動きと表現(2)その日常生活での応用 》と
エネルギー運動の方向性と芸術の様式 》に続いています




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