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自然とは




今回のこのイベント(ラブアースライブ2008)では
「自然農法」を中心として
「自然」ということがテーマになっているために
皆さんのお話の中にもしばしば「自然」という言葉が出てきますが
ここで 私の音楽での「自然」についてお話させて頂きましょう。

すでに私の音楽を聴かれて
滑らかで流れるようなメロディーラインや
全体を包み込むような響きを感じ取って頂けたかもしれませんが
それが一つには「自然」ということです。
「ひとつながりであること」つまり ばらばらではないこと
全てのものは 全体の中の部分であること
全てのものは 「自然」あるいは「宇宙」の中に存在しているということ
それらが「自然」であり それを音楽を通して感じ取って頂けたらば
というのが私の音楽です。

更に
一般に聴かれる音楽は
例えば 四分の四拍子ですとか 三拍子ですとか
一つの曲で 一つの拍子がずっと続くものがほとんどですが
私の曲はそういうわけではなく
例えば 次に演奏する曲は
四分の四拍子で始まりますが 次の小節は四分の三拍子
その次は四分の3.5拍子 そして四分の2.5拍子 四分の4.5拍子 と
拍子がどんどん変わっていきます。
けれども どんどん拍子が変わっていっても
多分皆さんはそれに気付かずに 流れるような音楽として聴かれると思います。
つまり「流れるような」滑らかさとは
「画一」の対極だということです。
一つの曲が 初めから終わりで同じ拍子なのは
ある意味「画一化」された
あるいは その拍子という枠組みに押し込まれたものともいえるかと思います。
逆に「変化」ということが 自然の一つのあり方であって
それが私の音楽では 「拍子が変わっていく」ということで表れているわけです。

今日は 「自然農法」に関連して いろいろな方から「自然」について話されていますが
では  人が「自然に生きる」とはどういうことなのでしょうか?
ヨーロッパに住んでいて 日本を見てみますと
日本の社会というのは 人を「画一的」にしているのではないかと思えます。
これは 日本では「流行」「はやり」というものが重視されていることとも関連していますが
「皆が同じように」という文化が 日本の社会を作っているのではないかと思います。
しかし その中で 人は本当に自然に生きているのでしょうか?
誰もがその人らしく生きているのでしょうか?
一人一人がその能力や素晴らしさを発揮しきって生きているのでしょうか?

「自然」に生きるということは
私たち誰もが 「宇宙」の中に存在していること
その「宇宙」に育まれ 全て必要なものを与えられていること
その「宇宙」の中で全ての存在はひとつながりであることを感じつつ
その中で 変化していくことを妨げない
ということなのではないでしょうか。

滑らかで流れるようなメロディーと
全体を包み込むような響き共に
その流れる中で実は拍子が頻繁に変化している私の音楽を聴きながら
この「自然に生きる」ということを感じ考える切っ掛けとして頂けたらば幸いです。


(この文章は 2008年11月9日 長野県松本市四賀のピアスホールで行われた
「ラブアースライブ」での演奏の合間の話を  まとめ直したものです)




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