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アール・ヌーボーからシュルレアリスムへの繋がり

《幸也の世界へようこそ》《幸也の書庫》《絵画を見る目・感じる心》 → 《アール・ヌーボーからシュルレアリスムへの繋がり》


1)アール・ヌーボーとシュルレアリスムとの共通点 「夢」「無意識」の世界

2)アール・ヌーボーの特色/イギリスでの始まり/ベルギー/世界各地への波及

3)シュルレアリスムの特色/シュルレアリスムとは/シュルレアリストたち

4)アール・ヌーボーとシュルレアリスムとの違い

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1)アール・ヌーボーとシュルレアリスムとの共通点 「夢」「無意識」の世界

アール・ヌーボー様式は 19世紀後半から20世紀初めにかけて
ベルギーを中心に その近隣諸国とヨーロッパ各地において花開いた様式です。
シュルレアリスムは その名のとおり「主義」であり
シュルレアリスム運動として第一次世界大戦の後に始まったもので
第二次世界他戦後まで続きました。

この二つに共通していることは
「夢」の世界 「無意識」の世界を描いているということでしょう。
シュルレアリスム絵画の場合には 一見すると何が描かれているのか「意味」が分からない
というものがほとんどですが アール・ヌーボー絵画にもそのようなものはあります。
しかし それらをあたかも目の前にはっきりと見ているかのように描き出しています。
印象派のようなぼかした描き方はしません。
「この世」の現実の情景ではないものを 現実のものであるかのように描いている
ということです。

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2)アール・ヌーボーの特色/イギリスでの始まり/ベルギー/世界各地への波及

アール・ヌーボー様式について詳しくはこちらをご覧下さい ⇒ )

アール・ヌーボー様式は 産業革命の始まったイギリスにおける
アーツ&クラフト運動 → ヴィクトリア朝様式 → 前ラファエロ派 という流れが
大陸に渡ってきて ベルギーで花開いたものです。
産業革命によって 様々なものが機械で作られるようなり
大量生産された画一的な心のこもっていない安っぽいものへの反発として
芸術家や職人たちが 心をこめて使う人に即した質の高いものを手作りしよう
ということを目指したものです。
かつ 産業革命後の世の中は 中世の封建社会における領主と小作人に代わって
機械や工場を持てる大資本家たちと工場で働く労働者たちという
二極化されたものとなりました。
そしてそれは 領主と小作人という貧富の差が 産業革命後は
資本家と労働者という新たな貧富の差へと移行したということでもあります。
そして 植民地を持つ大国(=ヨーロッパ諸国)と
植民地となった土地(アジア/アフリカ/南アメリカ)における奴隷たちという
新たな貧富の差も顕著となりました。

そのような社会に対する疑問や反発から 新たな社会への提言を
芸術として表現し 世の中に発信することを目的としたのがアール・ヌーボー様式です。
ですから アール・ヌーボーの芸術家たちは 社会主義的な考えを持っていました。
「全ての人々のため」「誰もが幸せに生きられる」ことを目指したのです。

しかし アール・ヌーボーにはもう一つ重要な点があります。
それは「この世」だけではなく 「あの世」のことをも認識し 表現しようとしたことです。
私たちが存在しているのは「この世」ですが しかし「この世」は「あの世」の一部分なのです。
地球は宇宙の中の一部分なのと同様に。
しかし 世の中のほとんどの人々は 地球外のことは全くと言って良いほどに知らず
地球上でのことしか認識していないのと同様に
あの世のことは全く知らずに この世のことしか認識していません。
アール・ヌーボーは この世とあの世との関係を探求し認識しそれを表現しようとしました。
そして 「この世」と「あの世」とを結ぶのが「夢」であり「無意識」の世界です。

20世紀に入ってから ユングやフロイトたちによって心理学が発展し
「無意識の世界」には「集合無意識」という 
全ての人間の集合的な意識の世界があるということが言われるようになりました。
これが結局は「あの世」なのです。
そして それまでキリスト教によって異端だとして迫害され隠れて続いてきた神秘主義もまた
20世紀に入ってから 世の中に出てくるようになりました。
それらから 「この世」「物質界」「顕在意識の世界」と
「あの世」「非物質界」「集合無意識の世界」との関係を認識し
そして「人間としてこの世で生きる意味」を理解し ではそれに則って生きるには
ということを芸術で表現したものが アール・ヌーボー様式なのです。

ですので アール・ヌーボーの表現の特色は以下のようになりました。

① 総合芸術
「この世」と「あの世」との大きな違い一つが「個別」か「全体」か です。
この世では 一人ひとりが肉体を持って生きていることによって
「自分と他人とは別個の存在」だという認識で生きています。
しかし 「あの世」では全てのものがひと繋がりです。
全体が一つであり 個々の人間だと思っているものも その全体の中の一部です。
ですので アール・ヌーボーは「全体性」を表現する「総合芸術」となりました。
また 宇宙=神様はその中に存在する全てのものを素晴しく美しく創造しました。
すなわち 「あの世(=天国)」では全てのものが美しいのです。素晴しいのです。
それを表現するために「生活に関わるあらゆるものが美しくあるべきだ」として
生活に関わるあらゆるものをアール・ヌーボー様式で美しく作ろうとしました。
それがために総合芸術となったのです。
そしてそれは 芸術としての美しさだけではなく 世の中全体が美しくなるように
ということを目指していた社会改革運動であり
ですから アール・ヌーボーの芸術家たちは 反帝国主義であり反資本主義であり
それはすなわち 社会主義的な考えを持ち 全ての人のための芸術を目指していました。
「芸術のための芸術」「装飾のための芸術」では無く
全ての人が「美しい人生を生きる」ことを目指したのです。

② 永遠の青春性
あの世では歳を取りません。
なぜならば 「時空間(=時間と空間)」があるのは物質世界であるこの世であって
非物質世界であるあの世には時空間は無いからです。
ですので アール・ヌーボーの人物像は誰もが青年です。

③ 中性性
性別 すなわち女か男かは肉体の違いです。
しかし 非物質の世界であるあの世には 肉体という物質はありませんから性別もありません。
それを表現するために アール・ヌーボーの人物像は中性的な顔立ちや体型で描写されています。

④ 夢
人間が この世に生きながらも あの世を垣間見るものの一つが「夢」です。
夢を見ている間は 私たちは肉体はこの世に置いておきながらも
魂はこの世から離れてあの世に居ます。
ですので 「夢のような」「夢想的な」表現をとりました。

⑤ 自然
人間もまた自然界の中に存在し 自然の営みの中で生きています。
それを変えることはできません。
人間の手で日の出と日の入りや季節を変えることはできません。
ですので アール・ヌーボーは自然界を重視し 植物をモチーフとして多用しました。
物質世界の自然界には 直線はありません。曲線だけです。
ですので アール・ヌーボーは曲線を主としました。

⑥ 光
あの世は光の世界です。
ですので この世における光はこの世とあの世との架け橋です。
アール・ヌーボーは光を重視しました。
窓を大きく作って室内を明るくし
ステンドグラスやガラス器や照明器具にガラスを使い 光の効果を利用しました。


そして 総合芸術であるアール・ヌーボー様式は 
ベルギーから近隣諸国を経てヨーロッパ各地へと そしてアメリカ大陸へも波及しいきました。
(ただし どの土地においても総合芸術となったわけではありません。)
(アール・ヌーボーの範疇に入れられている芸術家の全てが
上記の理念を共有していたわけではありません。
単に形を真似ていただけの人もいます。)
(アール・ヌーボーと 象徴派や神秘主義との境はあいまいです。)

☆ アルフォンス・ムハ(1860~1939)ボヘミア → パリ
ポスターによって一世を風靡した彼の作風は
非常に細かい描写/奥行きの無い平面的描写/曲線による女性性の表現を特色としています。
晩年には「スラヴ叙事詩」など 民族愛/祖国愛/郷土愛を主題とした作品を作り
また新生チェコスロヴァキア共和国のために紙幣/切手/国章などのデザインを無報酬で請け負っています。

☆グスタフ・マーラー(1860~1911)ウィーン(オーストリア)
交響曲と歌曲とを中心とした彼の作品は まさに彼の「宇宙観」の表れとなっています。
ユダヤ人でありながらも 古代ゲルマン的な主題を用いたり
一神教であるキリスト教とは違う アニミズム的な表現をとっています。

☆ グスタフ・クリムト(1862~1918)ウィーン(オーストリア)
職人一家(ボヘミア出身の父=彫板 弟二人=彫刻・彫金))に育った彼は
その影響を強く受けていることが作風から分かります。
しかし 建物の装飾も多く手がけています。(ブルク劇場/美術史美術館など)
絵画という二次元世界よりも 立体的なものに彼の表現は向いていたことの現われです。

☆ チャールズ・レニー・マッキントッシュ(1868~1928)グラスゴー(スコットランド)
直線と曲線とを組み合わせた独自のスタイルで表現しました。
あの世=非物質界の基本である神聖幾何学(直線が主体)と
この世=物質界の基本である曲線とを組み合わせたもので
彼の作品は 天と地とを結ぶエネルギーの流れが意図されています。
代表作とされるグラスゴー美術学校の図書館は 近年の二度の火事によって現在は修復中です。
最もアール・ヌーボーの理念を体現した芸術家です。

☆ モーリス・マーテルリンク(~)ゲント(ベルギー)
アール・ヌーボー文学でも最も有名になった「青い鳥」の作者。
キリスト教によっては到達できない「幸せ」を手に入れるにはどうしたら良いのかを
「この世」と「あの世」との観点から 「地上」と「天国」 「物質」と「心」を提示することによって
子供にもわかる易しい表現で綴られています。

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3)シュルレアリスムの特色/シュルレアリスムとは/シュルレアリストたち

第一次世界大戦によって ヨーロッパは荒廃しました。
特に大きな戦禍を被ったのがベルギーでした。
「生活に関わるあらゆるものを美しく」することを目指したアール・ヌーボーは
戦争によって終わりとなりました。
そんな余裕は無くなったのです。
「美しい」ことよりも「必要最小限」のものを手に入れることが先決となったのです。
そのために「アール・デコ様式」が出てきました。
曲線を使わずに直線だけの 装飾を使わずに非常に質素な形となりました。
そして 戦争を起こし 多くの人を殺した人間の「心」「人間性」というものに対する
諦めや不信から 物質主義となり即物主義になったことの表れでもあります。
しかし それとは別に「人間は如何に生きるべきか」を探求していった人々もいます。
「シュルレアリスム運動」はそのようにして誕生しました。
フランスにおいて「シュルレアリスム運動」を起こし主導したのがアンドレ・ブルトンです。
彼等は 無意識の世界との繋がりから「自動書記」で書いたり描いたりしました。
(自動書記というのは 何も考えずにひとりでに手が動いて書くことです。)
また 政治的には共産主義を支持しました。
多分に 「この世」を変えることよりも
「この世」に対する諦めから 「あの世」へ逃避したい気持ちの表れです。

絵画における シュルレアリスムは
「現実にはありえない情景の描写」のことを意味していることがほとんどです。
シュルレアリスムは「超現実主義」と訳され それはまさに現実を超えた表現なのですが 
それは本来は「無意識」「あの世」という意味での超現実のはずなのですが
「この世ではありえないような物の組み合わせ」を表現されているもののことを意味する場合がほとんどです。
つまりは 「奇妙な組み合わせ」です。
そして そのような「奇妙な」から「シュル=奇妙な」という意味で日本では使われるようになりました。・

シュルレアリスムの画家の代表は
ジョルジョ・デ・キリコやサルヴァドー・ダリ
そしてベルギーではポール・デルヴォーやルネ・マグリットだとされています。
(ただし 誰もが共通したシュルレアリスムの理念を持っていたわけではありません。)

その表現の特色は
①(この世では)関係の無いものを画面の中に配置する
コラージュ(切り絵)の手法のようなものです。
そうすれば「超現実的」表現となります。
②鑑賞者は作品の「意味」を受け取ることが困難
「謎掛け」のような絵がほとんどです。
作者が何を伝えるために表現しているのかが分かりにくいものばかりです。 
③写実的(=はっきりした)描写
ありえないことを 目の前に見ているかのように描きますので
個々のものは 現実的にはっきりと表現しました。

☆ ジョルジョ・デ・キリコ(1888~978)ギリシャ → イタリア
1910年頃にシュルレアリスム的な作品を描き始め その後
アンドレ・ブルトンにも影響を与え シュルレアリスムの先駆者とされるようになりました。
「形而上芸術」を自認しており 人間の五感を通しての感覚的認識を超えた
非物質界を思索するためのものとしています。
しかし 絵画という物質を媒体とし 言語を使った思考を求めることで
不可視=非物質の世界を探求することが成功したのかどうかは疑問です。

☆ サルヴァドー・ダリ(1904~1989)カタルーニャ
他の画家たちは この世に存在しているものを組み合わせたのに対して
ダリはこの世には存在していないものの姿を描きました。
芸術家たちの多くは この世で生きることに違和感を持っていましたが
ダリもまたその一人でした。
彼を有名にした 人前に出るときの奇行は
それが理由(=本心を表したくないがための鎧として)となっています。
絵画作品においては本心を表していたようですが
しかし 鑑賞者がそれを理解することは求めいていません。

☆ ポール・デルヴォー(1897~1994)ベルギー
彼の作品はアール・ヌーボーからの流れを引き継いだシュルレアリスムです。
「この世」においても 「あの世」の世界のことを忘れないで生きている人には
彼の絵は理解できます。
そして その理解は言語を介したものではありません。
見れば分かります。感覚的に受け取るものです。
それは 彼の個人的な何かを表現している以上に
「集合無意識」に繋がっていることを表現しているからです。

☆ ルネ・マグリット(1898~1967)ベルギー
彼の作品は シュルレアリスムの主義主張とは関係ありません。
「夢」や「あの世」とは関わっていないからです。
(本人は夢と関わっていると言っていますが それはあくまでも「個人的な夢」であって
「あの世を覗く」という意味でのものではありません。
彼の作品は 観念的なのが一番の特色であり すなわち
「言語を使った謎解き」のためのものです。

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4)アール・ヌーボーとシュルレアリスムとの違い

「夢」「無意識」との繋がりという点では
アール・ヌーボーとシュルレアリスムは共通しています。
しかし違っている点があるからこそ分けられています。

シュルレアリスムは「超現実的」表現をすることを目指しました。
アール・ヌーボーの場合には 超現実的な表現がなされていたとしても それは結果です。

アール・ヌーボーはあくまでも「あの世」が本来であり
その本来の世界を「この世」でも実現することを目指し
それを実現するためにこそ 美しいものを作り出しました。
アール・ヌーボーの表現というものは 単に表現なのではなくて
あの世=天国を「実現した結果」なのです。

しかしシュルレアリスムは「表現」です。
超現実主義という主義主張は あくまでも表現のための主義主張です。

そして シュルレアリスムは「美しさ」を目指したわけではありません。
あくまでも「超現実」的な表現を目指しました。
それと 美しいかどうかは関係ありません。
アール・ヌーボーは生活で使うもの全てを「美しく」「使い易く」作りました。
シュルレアリスムはそういうものは目指していません。
アール・ヌーボーは 「あの世」あるいは「天国」の「状態」を表しています。
ですから そこには読み取る意味はありません。
ただ そういう状態なのです。
それは 感覚的ということでもあり 言語を介す必要が無いということでもあります。
しかし シュルレアリスムは観念的です。言語を介しての謎解きが必要となります。

アール・ヌーボーの「あの世」との繋がりは
「あの世とこの世」「全体と個人」「無意識と顕在意識」というそのどれもが
「全体の中の一部」であることを重視しています。
「あの世の中のこの世」であり「宇宙(という全体)の中の個人」であり
「宇宙意識と繋がっている人類の集合無意識の中の個人の意識」というように。

しかし シュルレアリスムはそうではありません。
「夢の世界」「無意識の世界」を覗きながらも
それはあくまでも「個人」という窓から覗いたものです。
「夢の世界」や「無意識の世界」が主体なのでは無く それを覗いている人が主体なのです。


(2020年2月20日)


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