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《幸也の世界へようこそ》《幸也とは》 → 《幸也の自己表現》  

幸也の自己表現



幸也の音楽の特色

中国の三十六簧活斗鍵打笙をメロディー楽器として使い
シンセサイザーによるシンフォニック・オーケストラ風の響きの伴奏を伴った
滑らかな流れるような 清純でありながら 深遠 かつ壮大な響きの音楽。

ジャンル

宇宙芸術(コスミック・アート)/スピリチュアル/ヒーリング/
ニューエイジ/クラシカル/インストゥルメンタル
後期ロマン派/アール・ヌーボーに近いスタイル

プロフィール

私:幸也の作品は ジャンルとしては宇宙芸術(コスミック・アート)であり
また「ニュー・エイジ」に入るのではないかと思います。
一般に「ニュー・エイジ音楽」とは
「精神世界=非物質の世界」と「癒し」とを前提とした
主にシンセサイザーを使った音楽のことをさしているようで
私の音楽はまさにそれに相当します。
しかし かといって 
あえて「精神世界=非物質の世界」を音楽として表現しようとしたり
「癒し」の効果が現れるようにと音楽を作ったり
演奏をしたりしている訳ではありません。
それらは私にとっては 副次的なことに過ぎません。

これまでに作った200曲以上に共通していること つまり私の音楽の基本は
作曲するにしても演奏するにしても それらは
「幸也」という存在の「自己表現」では無いということです。
だからこそ 演奏を(公演で)聴かれた方々のほとんどに共通している感想が
「魂が高揚した/浄化された」「心が癒された」「宇宙の中に漂っているよう」
「天国の情景」「幸せ感に浸れた」
といったものになるのではないかと思います。
では 自己表現ではない 一体何を目指して
音楽を作り演奏をしているのでしょうか?


自己アピールでない自己アピール

芸術の目的は 自己の表現ではありません。
なぜならば 自己の表現とは すなわち
自我(エゴ)の表現であることがほとんどだからです。
ほとんどの人は 自己と自我との違いを認識していません。
芸術家といわれる人々も 芸術家と自称する人々も同様です。
自己の表現だと思いながら 自我を表現している
いわゆる「芸術」が 特に20世紀には世の中に蔓延しました。
しかしそれらのほとんどは
自我の表現=作者のこだわり/思い込み/好き嫌い/趣味/性癖/欲/感情の表現でした。
一体それらのものを表現することによって
何を多くの人々に分かち合いたかったのでしょうか?
何を沢山の人々に伝えたかったのでしょうか?
人々にどういう影響を与えたかったのでしょうか?
確かにそれらのものを表現することによって
それに共感したり 共鳴したりする人々がいるかもしれません。
けれどもそれは 自我と自我との共鳴に過ぎません。
そしてそれらはしばしば 肯定的な(ポジティブな)点での共鳴ではなく
否定的な(ネガティブな)点での共鳴です。
芸術の本来の目的とは そのようなことにあるのでは無く
私たちが存在している「宇宙」そのものの本来のあり方と
その中に存在する「人間」の本質的な生き方とを表現することであり
それによって 私たちがどうすればより幸せに生きられるのかの導きとなることです。

作曲家ベートーベンは言いました。
「神性の輝きを音にして 全人類に注ぎかけること以上に美しいことは無い。」
画家ゴッホは言いました。
「芸術の表現するものはたった三つしか無い。
それは 神そのものの存在か 神の思いか 神の創ったものの美しさである。」
作曲家ストラビンスキーは言いました。
「もし私に音楽の才能があるとするならば それは神から与えられた神聖なものであり
多くの人々のために役立てるべきものである。」

この人たちは「神」という言葉を使いました。
しかし その言葉を使わずともそれを表現することは可能ですし
その方が誤解が少ないのではないかと思われます。
私たちは 全てが「宇宙」の中に存在しています。
宇宙は その中に存在する全てのものを
生み出し/育み/生かし/蘇生し/見守り続けている存在です。
そのことを「愛」と言います。
全ての生命を存在させ育んでいる宇宙そのものの愛と
この宇宙に存在する全ての生命(存在)の生きる歓びと生命の煌めきを
そして 宇宙と全ての生命が調和している姿を表現することによって
この地上に生きている私たち人間を含めた全ての生命が
その本来の在り方を思い出し
そう生きようと思いを新たにし そして
ごく当たり前にそう生きていけるようにと人々に伝え
人々の導きとなることが芸術の目的であり
したがって 私:幸也の音楽もまたそれを目指しています。
ですので 私:幸也の音楽は
自己の表現では無く「宇宙」の表現であり
自我の表現ではなく「本質」の表現であるようにと心がけています。
ですので 芸術に自己アピールは必要ない
自己を超えたもっと大きな 私たちを存在させ
包み込み 育んでくれている「宇宙」を表現することが
それによって人々の幸せを導くことが
芸術家の役割であり 私:幸也の役割であると認識しています。


(2007/09/04)


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