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《幸也の世界へようこそ》《幸也の言葉》 → 《癒しの時代から 生かしあいの時代へ》  

癒しの時代から 生かしあいの時代へ



(この項は「モデルになり合う」からの続きです。
また「癒しとは」を合わせてお読み下されば より理解して頂きやすいのではと思います。)



「癒し」=「生かし」のエネルギー

癒しブームとは 結局は「癒す」のでは無く
「癒されたい」「癒してほしい」思いの集積でした。
しかしながら
「癒されたい」「癒してほしい」と思い続ける限り 癒されません。
なぜなら 「ほしい」思いをもち続けているからです。

波長同通というのが この宇宙のひとつの基本的な法則です。
「類は友を呼ぶ」という言い方もそれを現しています。
似たようなものを引き寄せる ということは
自分の頭の中で思っていることと同じようなことを体験し
同じような人と出会うということです。
つまり 「癒してほしい」と思っていれば
癒やしてもらえるのでは無く
「癒されたい」「自分には何か足りていない」あるいは「自分で自分を満たせない」
といった人と引き寄せ合うことになります。
足りないと思っている人同士が出会っても
自分で自分を満たせないと思っている同士では
当然 お互いを癒すことは出来ません。

癒されないもう一つの理由は
その人の観念は
何か物事を考えたり 受け取ったり 表現したりするときに
フィルターになるからです。
その人の観念に合致したものを受け取れます。
あるいは その人の観念に合致したものを表現します。
ですから 人は「見たものを信じる」という言い方をすることがありますが
真実は 「信じていることを見る」 です。
その人の頭の中にあることと合致することだけを受け取っている
あるいは合致させて受け取っている ということになります。
ですから 「癒してほしい」と思っている人にとっては
「癒し」の波動は入ってきません。
「癒されたい」波動だけです。
その為に いつまでも「癒されたい」と思い続けることになります。


癒してほしいと思っている人たちは
ヒーラーなどのところを訊ねます。
けれども結局は「癒してほしい」とはどういうことなのでしょうか?
一体何を期待しているのでしょうか?

多分 身体に不調がある 心に不調があるのを 良くしてほしい
ということなのでしょう。
でも それを良くするのは 何の為なのでしょうか?
なぜ それを良くしたいのでしょうか?
それが良くなったら 一体何なのでしょうか?何をしたいのでしょうか?

ほとんどの「癒されたい」人々には
残念ながら この答えが無いように思います。
身体が痛いのが不快だから癒されたい。
心が痛むのが辛いから癒されたい。
そういった理由でヒーラーの元を訪れるのではないでしょうか。
でもそれが癒されたらどうしたいのか?という問いに答えられるのでしょうか。
もしポジティブでもネガティブでも無い状態をゼロとすると 病んでいる状態はマイナスです。
癒してほしいというのは つまり マイナスの状態をゼロにしてほしい ということです。
しかし では ゼロの状態に戻せば良いのでしょうか?
ゼロの状態で良いのでしょうか?
ゼロの状態のままで生きて生きたいのでしょうか?

本当の癒しとは
マイナスをゼロの状態にすることにあるのではなく
マイナスからゼロを通って プラスにまでもっていくことです。
プラスというのは 能動的な生き方 創造的な生き方
つまり何かポジティブなものを生み出す生き方です。
しかし プラスにまでもっていくには
癒される本人がそれを望む必要があります。
つまり 身体の不調 心の不調が癒されたら
自分という存在をどう生かしたいのか です。
それ無しには決して癒されることはありません。
「癒されたい」思いではなく
「自分自身を生かしたい」ひいては「沢山の生命を生かしたい」思い
それこそが 癒しのエネルギーになり
そう思ったとき 自然と癒されてしまうのが
宇宙での本来の姿です。
なぜなら 宇宙とはすなわち 生かすエネルギーだからです。
「生かしたい」思いには「生かす」エネルギーが反応します。


けれども
宇宙の他のエネルギーに繋がった時にも
矢張り癒されてしまいます。
それは 「感動」のエネルギーです。

感動のエネルギーとは
つまり人はどういうことに感動するか ですが
「素晴らしい」「美しい」「有り難い」といった感覚ではないでしょうか。
これら 「素晴らしい」「美しい」「有り難い」といった感覚は
別の言葉で言えば 祝福であり 賛嘆であり 感謝です。
祝福も 賛嘆も 感謝も 宇宙の性質の一つです。
(→「宇宙とは」)
ですから 人は感動した時に
自然と 宇宙のエネルギーに繋がってしまっている訳です。
ということは 宇宙のエネルギーと繋がっているのですから
当然 全ての生命を生かすエネルギーが注ぎ込んできます。
そして癒されてしまいます。

けれども これらはあくまで結果です。
その結果を求めるのは すでに述べたように 「ほしい想い」ですから
逆に得られません。
ほしいと思わなかったときに得られる
つまり逆に何かを与えたときに 与えられ満たされてしまう。
それが 波長同通という宇宙の仕組みです。


なぜ癒しが必要か

では どうして 今の世の中では
沢山の人が癒しを必要としてしまっているのでしょうか。
それは 自覚しないところで「生かし合い」をしないでいる
しないでいるどころか 全く逆のことをしてしまっているからです。

あるいは
生まれた時の状態で生きていない とも言えます。
全ての生命は あの世から この世に生まれてきます。
しかし あの世とは いわゆる天国のことです。
地獄から生まれてくる訳ではありません。
天国から生まれてくる ということは
別の表現をすると 宇宙のエネルギーに浸っている
あるいは宇宙のエネルギーに満たされている状態から生まれてくる ということです。
つまり 全ての生命が 調和した状態から生まれてくる ということでもあります。

けれども 特に現代の日本で意識せずに「生かし合い」をしないでいる
しないでいるどころか全く逆のことを自覚せずにしてしまっていることとして
ここでは 三つの点
「避妊」「子育て」「殺菌」を挙げてみます。。

避妊というのは 子供を生まないように性交をすることです。
つまり 性交はしたいけれど 子供はほしくない ということです。
しかし 性交は生殖行為です。
性交は卵子と精子の合体(受精)のためであり
そこで生まれた生命が出産後 胎児→幼児と育っていく
子育ての出発点です。
それにもかかわらず
沢山の人々が 子供を生まないように性交をする
つまり 性交はしたいけれど 子供はほしくない
というのは
生命を生み出し 生命を育てることはしたく無い
けれども 自分の身体の快感は得たい という意識です。
その 生命を生み出し 生命を育てることはしたく無い
という意識は 宇宙そのものの意識に反しています。
なぜなら 宇宙そのものは
全ての生命を 生み出し 育み 生かす存在だからです。
それなのに
その宇宙に生かされている人間が
生命を生み出したくない 育みたくない 生かしたくない
と思って生きているのは
自分自身と宇宙とを相反させている
ひいては 宇宙から切り離させようとしていることになります。
しかも 生命を生み出したくない 育みたくない 生かしたくない
と思っているだけでは無く
それでいて 自分達の身体の快感は得たい という
つまり 他の生命は生かしたくないけれど 自分達のことは満たしたい
という矛盾した意識を持っている訳です。

他の生命は生かしたくないのに 自分達二人だけは満足したい というのは
自我=エゴです。
そして 勿論 そのような意識で生きていて
満たされる訳がありません。


避妊と共に 堕胎は 更なるエゴです。
すでに受精し 生命として生まれているものを親の都合で殺しているのですから。
育ちつつあるものを殺しているのですから。
しかもその原因となった性交が
当の二人の快感のためだったとしたら
「自分達は快い思いをしたいけれど その為には
他の生命は死んでしまっても良い 殺しても良い」
という意識な訳ですから 当然
宇宙のエネルギーとは通じ合えずに生きていることになります。

そして そのような
「生命を生み出し」「育み」「生かす」意識無しで
(かつそれを自覚せずに)生きている人が多い中に
子供が生まれてきたらどうなるでしょうか?
子供を「生命」と思えずに子供と接してしまうのではないでしょうか。
勿論 ある程度は「生命」だと思っているかもしれません。
でも 日本でも あるいは欧米でも最近良く見る光景は
子供を荷物扱いしている ということです。
新しい生命は 全てが一体のところから生まれてきました。
ですから 新生児にとっては 自分と母親とは一つです。
けれども 母親の側は それをどの位自覚しているでしょうか?
「一つ」というのは 本当にひとつながりであり 一つだということです。
同じ存在だということです。
それなのに 母親の側は(父親もそれに加担していますが)
子供を自分と別個の存在として認識し
その結果 自分と子供との間に距離を作ってしまいます。
もうこの時点で 子供のことを生命として認識できていないからこそ
そうしてしまうのですが
更には ベビーカーに乗せたり 運搬用の籠に入れてそれを地面に置いたり
あるいは自動車の中で 両親は前の座席に並び 子供は一人で後部座席に置いたり
こういうことは 子供を生命として認識し
子供と母親は一体であることを認識している人には とても出来ないことです。
子供は生命であって 荷物ではありません。
そもそも 子供があの世からこの世に生まれてくるのは
非常なショックです。
なぜなら あの世(=宇宙)のあり方と この世での生命のあり方とは
とても違ってしまっているからです。
その上に 全てが一体の世界からこの世に生まれてきた子供が
もし 母親から切り離されてしまったら それは
どの位大きなショックを受けるでしょうか。

また 子供に何かを強制したり 禁止したりする人がいますが
生命はそもそもがそれ自体で育つように出来ています。
親が育てるのでは無く 子供が育っていくのを親が手助けするのが本当の子育てです。
ところが 何かを強制したり禁止したりしたらば
その生命の自然の成長を邪魔してしまうことになります。
成長というエネルギーの流れを乱してしまうことになります。
でも 子供の成長を邪魔せずに助けている親は一体どの位いるでしょうか?

そのような意識は 宇宙そのものの意識と同じでしょうか?
宇宙の意識とかけ離れているのが分かるでしょうか?


最近の日本では
「殺菌」「抗菌」「除菌」ということが流行になっているようです。
これも 大多数の人が無意識にそれを当たり前のことだとしてしているのかもしれませんが
「殺菌」とは一体何でしょうか?
何かの菌を 黴菌として殺してしまうことです。
つまり 人間の都合で 人間にとっては有害無益なものとして
存在する価値が無い 生きている意味は無いものとして
殺すことです。
けれども これは全くの 人間にとっての都合であって
他の生命にとってはどうなのでしょうか?
地球の生態系の中で その菌は本当に無用な
存在する意味の無いものなのでしょうか?
ではなぜそれが存在するのでしょうか?
宇宙は無用なものを 存在の意味の無いものを創り出し存在させているのでしょうか?
私達人間には 分からないことが沢山あります。
分かることよりも 分からないことの方が沢山です。
それにもかかわらず その存在理由が分からないにもかかわらず
黴菌だとして 有害無益なものとして殺してしまう。
つまり
人間の(あるいは自分の)都合で大量殺戮を日常生活でしているのが殺菌です。
日常生活でそのような大量殺戮を平気でしている人々が
某大国が正義を盾に戦争をして人を殺すことに反対できるでしょうか?


私達はこのように 自覚せずに
生活のいろいろな場面で 生命を生かさないことを 育まないことを 生み出さないことを選び
逆に生命を殺すことを平気でしてしまっています。
けれども それを自覚せずにしているからといって
それが宇宙の中の生命の営みとして自然なことなのでしょうか?
決してそうではないでしょう。

宇宙は 生命を生み出し 育み 生かす存在です。
そして 私達はその宇宙の中の一つの存在ですから
宇宙そのものと一体です。
つまり 私達もまた
生命を生み出し 育み 生かすエネルギーとして生きているはずなのにもかかわらず
そうで無く生きてしまっているのが今の人間の姿な訳です。

そして そのように生きれば 当然
生命を生かさない意識で生きているのですから
自分自身を生かさない方向へと行きます。
その結果 病気になり
身体の不調 心の不調を誰かに何とかしてほしくて
医者やヒーラーに頼ろうとしています。
でも不調が起きるのは 当然の結果なのです。
生命を生かさない意識で生きているのですから。
自分(達)の都合を優先させて 他の生命は生かさなくても良いと思っているのですから。

そういう意識を持ちながら
癒されたいと思っても それは無理です。
本人はブレーキを踏んでいるのに 誰かがアクセルを踏んであげても
進みはしません。

痛みというのは
宇宙のエネルギーの流れに乗っていない時 逆らった時に起きる摩擦を感じたものです。
ですから 痛みは 身体の痛みであれ 心の痛みであれ
本来の自然な生き方をしていないことを教えてくれる信号です。
それによって 自分が
生命を生かさない意識で生きている
自分(達)の都合を優先させて 他の生命は生かさなくても良いと思っている
そしてそれは自然な本来のあり方では無い ということを宇宙は教えてくれているのです。

ですから
自分の日常生活の中で
自分の何気無い行動 考えの中に
あるいは普段無意識にしている行為や考えの中に
生命を生かさない意識が入っていないかをチェックすることが必要になる訳ですし
それは 心の中の摩擦を感じることによって可能な訳です。
つまり 心の中の声に 感覚に耳を澄ますことです。


生かし合いの時代へ

それでは
癒されるにはどうしたらよいのでしょうか?
もうすでに答えが出ているように
生命を生かす意識に転換することです。
生命を生み出す 育む 生かす意識に
そして
祝福 賛嘆 感謝の意識に満たされることです。

全ての存在が 全ての生命が
例外無しに 生き活きと 伸び伸びと生きるとき
決して他を害すること無しに 調和し合い生かし合う
そして お互いを祝福し 賛嘆し 感謝し合う。
そうした時に 人の意識は宇宙のエネルギーと繋がり
宇宙のエネルギーが注ぎ込んできて 満たされる
それによって病や痛みは消滅してしまうのが
本来の癒しです。

つまり 今の時代 今からの時代に必要なのは
「癒してほしい」意識から「生かし合い」への意識の転換であり
かつその意識でもって どこまで
それを実行できるか です。

もし 自分自身の存在を 能力を 長所を
この世の中で最大限に発揮し生かしていこうとしたら
宇宙はそれに協力してくれるはずです。
その時に 「癒してほしい」意識は必要でしょうか?
他人から満たされたい思いは必要でしょうか?
逆に 癒したい 生かしたい 生かし合いたい
という想いこそが癒しを実現することになります。

誰もが幸せに生きたい想いをかなえるために
私達一人一人が
自分自身の選択していること 考えていること 行動していることを
常に 生かし 育くむ意識でしているかどうか
それを 自覚していくことが 今からの私達に
宇宙の流れに乗った 本来の未来の姿を実現させてくれるのではないでしょうか。


(「特別にしない」「快感と感動」「モデルになり合う」「癒しの時代から生かしあいの時代へ」
以上四項目は エイトスター木曜会「天夢」での講演をもとに文章化したものです。)




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