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ローベルト・カンピン Robert Campin

「受胎告知」

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「受胎告知」


ローベルト・カンピン(フランス語読みでは ロベール・コンパン)は
「フレマールの画家」と同一人物であろうと思われています。
フレマールの修道院から来た画家によって描かれた祭壇画の作者として
「フレマールの画家」という呼称が付けられましたが
後に フレマールには修道院は無かったことが判明しました。
しかし それでも「フレマールの画家」という呼称は使われ続けています。
(15世紀に入るまでは 画家が作品に署名を入れることはありませんでしたので
作者が分からず 後世に「~の画家」という呼び名を付けられることがしばしばでした。)
ローベルト・カンピンもその作品に署名は入れていません。
(つまり 署名が入っていれば 逆に偽作だということになります。)

ローベルト・カンピンは 1378年頃にTournai トルネ 
(またはVarencienne ヴァロンシエン)に生まれたと思われています。
生活および創作活動をしたのも 1444年に亡くなったのもトルネです。
(Campinは旧フランダース伯領=現在の北フランスと西ベルギーに特に多い姓です。
http://www.geopatronyme.com/nomcarte/CAMPIN
この時代の画家としては とても成功した一人です。
彼の時代 すなわち15世紀に入った頃は「油絵の具の出現」という
西洋絵画史上 非常に重要な出来事が起きた時代であり
絵の描き方が大きく変わった時代でもあります。
そして それを率先したのが彼なのです。

油絵の具の発明は 西洋絵画史上極めて重要なものであり かつ極めて画期的なものでした。
それまでの絵の具(テンペラと水彩)の様々な欠点を全て解決するだけではなく
それまでは不可能だった描写を可能にしました。
つまり 絵画としての表現方法を 全く変えてしまったのです。
そして ローベルト・カンピンこそが それをした最初の画家ではないかと思われています。

そして この「受胎告知」が彼の最高傑作のひとつとされています。
(ニューヨークのメトロポリタン美術館にも似たような絵がありますが
ローベルト・カンピンの真筆ではなく 彼の工房での作ではないかと思われ
ブリュッセルのものの方がはるかに優れています。)

この絵を一目見て 油絵の具の特徴がはっきりと見て取れます。
☆非常に細かい克明な描写。
☆色の鮮やかさ。
☆きれいなグラデーション。
☆今から六百年も前のものとは思えない優れた耐久性。
これらのいずれもが 油絵の具以前(テンペラと水彩)には 不可能だったものです。

画面の中の全てのものが 非常に克明に細かく表現されています。
卓上の花瓶の絵柄/本/布地。
処女マリアの髪の毛/手にしている本。
その背後(右側)の壁に掛けられたほうき。暖炉の上の聖クリストファーの絵。
背景の窓の雨戸や格子。
床のタイル。 
そして それら全てのものが非常に色鮮やかに描き出されています。
大天使ガブリエルや処女マリアの服のグラデーションの自然な滑らかな表現。
これらは 油絵の具以前には 考えられない表現でした。


そして そのような油絵の具の特徴を利用して 
絵のスタイルもそれ以前とは大きく変わっています。

【背景の描写】
この時代まで絵画は 肖像画と宗教画の二つのジャンルしかありませんでしたが
肖像画は背景が黒無地 宗教画は背景が金無地と どちらもが背景は無地でしたが
この絵には克明に背景が描き出されています。
そもそもこれらの背景は 「受胎告知」というこの場面の表現に必要なのでしょうか?
そして この背景は この絵の題材となっている受胎告知が
今から二千年も前のユダヤでの出来事のはずなのに
描かれているのは この絵が描かれた時代(15世紀前半)のフランダースの家の中の様子です。

【遠近法の未確立】
背景を描くことによって 遠近感を表現するという 
これも絵画史上初めてのことをしなければならなくなりましたが
遠近法の確立は イタリアルネッサンスによってなされます。
とりあえずは 近くのもの大きく 遠くのものは小さく描いてはいますけれども
全体も そして 机や長椅子などなど個々の物も歪んでいるようで
きちんとした遠近感とはなっていません。

【象徴】
細かい克明な表現がなされるようになったことで
絵の中に様々な(キリスト教の)象徴が描き出されています。
卓上の花瓶の百合の花=処女マリアの純潔。
卓上の蝋燭=妊婦の守護聖人である聖マルガレータ。
画面右側の壁に掛けられたほうき=罪の清め。
暖炉の上の祭壇の一本の蝋燭=全てを見通す神の目。
長椅子の獅子の彫刻=聖母マリアの知恵。
卓上の(旧約)聖書=キリストの到来。
花瓶に描かれているのはコウノトリ(=出産)でしょうか ペリカン(=慈悲)でしょうか。
大天使ガブリエルの服は(キリスト教の)執事の祭服=神に仕える。

【象徴から現実へ】
しかし 暖炉の上の絵は
聖クリストファーが幼児イエスを肩に乗せてヨルダン川を渡っている様子が描かれていますが
イエスは 今から生まれるのです。
「受胎告知」なのですから。
それなのに 生まれてからの絵があるのはなぜでしょうか?

室内の様子が この絵が描かれた時代のその土地の屋内の様子となっているのは
すなわちこの絵が「象徴」として描かれているのではなく
「現実」として描かれていることを表しています。


油絵の具を使うことによって それ以前とは全く違う絵を描けるようになりました。
しかし それは正確には「油絵の具の発明」がすごかったのではありません。
実際には 顔料を油で溶くのは 15世紀以前にすでに行われていたようです。
しかし その油絵の具を使うことによって
それ以前とは全く違う表現ができることに気付き その可能性を追求し 最大限に発揮した
それが ローベルト・カンピンを初めとするこの時代のフランダースの画家たちの
偉大なる業績なのです。
それによって絵画の描き方が大きく変わり そして
宗教画と肖像画以外の(風景画や静物画を初めとする)様々なジャンルの絵が生み出されていく
その切っ掛けとなったのです。
つまり絵画というもののあり方を全くと言ってよいほどに変換させてしまったのです。

画面左側の隣の部屋の床のタイルが克明に描き出されています。
この隣の部屋の床のタイルは 受胎告知と何の関係があるのでしょうか?
全くありません。
それなのにどうしてここまで克明に表現されているのでしょうか?

すなわち 油絵の具を使うことによって
それまでの絵画とは全く違う表現ができることに気付いた画家たちが
目の前に見えている全てのものを その見えている通りに絵画で表現できる
その可能性を見出したことが どれほどの歓びであったかの表現なのです。
水彩絵の具やテンペラ絵の具を使った 曖昧模糊とした表現しかできなかった
それを「当たり前」「絵とはこういうもの」と思わずに 思い込みに縛られること無く
油絵の具の可能性と長所とを最大限に発揮して それまでとは全く違う表現を生み出し
目に見えている全てのものを そのものと全く同じに表現しようとした
その彼らの生きる姿勢が 絵画の世界を大きく転換させたのです。

つまり この絵から私たちが読み取れるのは たんに「受胎告知」ではありません。
この時代の画家たちの代表としてのローベルト・カンピンの「心意気」であり「信念」であり
「気付き」と「ひたむきな探求」の生き方なのです。
それはすなわち「求道者」の生き方であり 「賢者」の生き方でもあるのです。





【付記】

ローベルト・カンピンの他の傑作は

「女性の肖像画」(ロンドンのナショナルギャラリー蔵)

「婦人の肖像」

西洋絵画史上 最高の肖像画の一つ。
ローベルト・カンピンが 油絵の具を使うことによって
目に見えている全てのものを その通りに表現できることに気付いた それは
決して物質的な あるいは 表面的なものだけではなく
見ることによって感じ取れる人間の内面をも表現できるという
それまでの肖像画ではありえなかった表現をできるようになった
その証しがこの作品であり
これにより それまでの(古代エジプト以来古代ギリシャおよび古代ローマと続いた)
肖像の描き方=プロフィール=輪郭を描く真横からの描写に代って
前方45度の角度から描くという 絵画史上もう一つの画期的な発明がなされました。

この絵の注文主が 生身の妻が目の前にいるかのようなこの絵の仕上がりに
どれほど感激したが 想像に難くありません。



「聖ヴェロニカ」


聖ヴェロニカの持つ聖骸布の透かしの描き方にも 油絵の具の特質が発揮されています



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