地球に来た理由
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7)コンピューター ~ この不便なもの/テレパシー/想念
この二十数年来で 地上の世の中はすっかりコンピューター社会になりました。
若い世代は 生まれた時からコンピューターがあるのが当たり前です。
けれど・・・どうして手で入力する必要があるの?
どうして変換をする必要があるの?
どうして思ったことがすぐに反映されないの?
どうしてたくさんの検索結果から更に探さなければならないの?
どうして・・・どうして こんな不便なものを使うんだろう!?!?
そして 世の中を見てみると
「人間がコンピューターを使っている」ようでいて 実は
「人間がコンピューターに使われてしまっている」ことに気付きます。
人間が主体でコンピューターを使っているのではなくて
コンピューターが主体でそれを人間が使っている世の中なのです。
ほら 身の周りを見回してみると
コンピューターに働かされている人たちばかりです。
私たちがこの地球に来るまでは テレパシーで交信していました。
想念で他の生命と交流していました。動物や植物とも。
だって 全てはひと繋がりなのですから。
そして「あの生命体」と思えば それと交信できたから
「名前」というものがありませんでした。
でも この地上では 全ての存在がバラバラで
そして想念での交信ができません。
テレパシーなんて「普通の人」は使えないと多くの人が思っています。
そして「自分と他人は別」だということを明確にするために
「名前」を使います。
名前にこだわります。
なぜ 「個体識別記号」であるだけの「名前」にこだわるのでしょうか?
私たちには分からないことだらけです。
私たち全ての生命の主体は「想念体」です。
想念というものがあって
それが形のある物質=肉体に宿ってこの地上で生きています。
「想念体」なのですから
その想念で交信できるのは当たり前のことです。
でもほとんどの地球人は 「肉体が自分」だと思っているので
肉体を使った五感での交信しかできないと思っています。
耳で聞こえるように 音声を出す。
目で見えるように 文字を書く。
そうしないと伝わらないと思っているのです。
だからこそ 機械も同じように作ります。
機械という物質を手で触れて作業をさせるのが
当たり前だと思っているのです。
でも「テレパシー」を使えて当たり前だという
地球外から来た私たちにとっては
想念での交信を認めない地球人の生き方が
まるでおかしく感じられるのです。
他人との交信も想念で 動植物との交信も想念で
そして機械との交信も想念で それが当たり前なのに。
私たちの持っている コンピューターに対する不満は
「想念」に反応しないことが理由なのです。
いつになったらば 想念で動くコンピューターができるのでしょうか?
その時には 世の中全体がテレパシーで
想念で交流できるようになっているのでしょうか?
この地上に そういう時代は来るのでしょうか?
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