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地球人類は宇宙の幼児

 

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幼児と小学生の違いは何でしょうか?
身体の大きさや体力 理解力や知識量も違いますけれども
一番の違いは「世の中」を認識しているかどうかです。
幼児は 家族がいることは知っています。
家族以外に 近所の人や友達やその親がいることは知っているかもしれません・。
けれども 「世の中」というものがあることは知りません。
小学生になると そういう「知っている人」以外にも人がいること
すなわち「世の中」というものがあることを知ります。

さて 地球人類は宇宙のことをどの位認識しているでしょうか?
ほとんど認識していません。
そもそも 地球以外の星には生命体はいないなどと(いまだに)信じている人もいます。
地球人類は 「宇宙」という世の中があることを知らないのです。
ですから 「宇宙の中での幼児」なのです。
「自分に見えている範囲内しか知らない」ということです。
自分に見えていないところにも 誰かがいるかもしれないなどとは思ってもみないのです。

宇宙という世の中があることを知らないのですから
当然のことながら 「宇宙の中での進化成長」という概念を持っていません。
小学生になれば 幼稚園から小学校 そして中学校から高等学校 そして大学と
様々な過程の学校があり 成長していくのだということを知っています。
しかし 地球人類は「宇宙の中での進化成長」を知らないのですから 宇宙の中での幼児なのです。

宇宙の中の全ての存在は 進化成長しています。
ですから それぞれの成長段階にあります。
私たち人間は 以前には「鉱物」「植物」「動物」を体験しました。
それらの様々な種類を体験しました。
そして 今は人間として生きています。
そして 人間の後には 「惑星」になり 「恒星」「銀河」「星雲」と進化成長していきます。

宇宙の中の全ての存在は「生命体」であり 宇宙の中で進化成長している存在なのです。
例外はありません。
なぜならば 宇宙そのものが生命体であり生命力だからです。
その生命力の一部として私たちは存在し 生きているのです。

こういう 宇宙の中での基本的なことを地球人類の多くは知りません。
ですから 宇宙の中での幼児なのです。

そして その基本的なことを知らないからこそ
地球人類は「自分勝手」なことを平気でできるのです。
「自分さえ良ければ」と 他の生命を蔑ろにできるのです。

全ての存在=生命体は それぞれの成長段階にあります。
つまり 自らの段階よりも進化した存在と まだそこまで進化していない存在とがいます。
宇宙の中での進化成長のためには
「自分よりも進化していない存在の進化成長を助ける」ことが大切なのです。
ですから 人間は鉱物/植物/動物 そして
自らの段階にまでまだ達していない人の成長を助けることが
自らの進化成長に繋がるのです。
ところが ほとんどの地球人は宇宙の中での進化成長という概念を持っていませんから
平気でそれらの存在を「自分よりも劣っている存在」=「価値が無い存在」として蔑ろにしているのです。

宇宙の中に存在しているのは 「体験するため」です。
様々なことを体験して そして進化成長していきます。
宇宙とは 全ての存在を 存在させ/生かし/進化成長させている意識体です。
それを「愛」と言います。
その「愛」の中では全てが調和しています。
宇宙とはそもそも 「愛」しかない その中で全てが調和している状態なのです。
しかし 私たち一つひとつの存在は「愛」として生きているでしょうか?
「調和」し合って生きているでしょうか?
していません。
その「していないこと」を私たちは体験しているのです。
たくさんの「愛では無い」「調和していない」体験をして そして
少しずつ「愛しかない」「調和しかない」状態へと近付いていく
それが宇宙の中での進化成長なのです。

私たち地球人類よりも進化している存在 すなわち
「より進化したヒト型知的生命体」や 「惑星」「恒星」「銀河」「星雲」などは
私たちの「未来の姿」なのです。
「鉱物」「植物」「動物」たちは 私たちの過去の姿なのです。
つまり 私たちが見ているものは全て 私たち自身の「過去の姿」か「未来の姿」なのです。
ということは 「鉱物」「植物」「動物」たちを蔑ろにするということは
私たち自身を蔑ろにしている ということなのです。

こういう 宇宙の中での基本的なことを 地球人類の多くは知りません。
宇宙の中の幼児なのです。


「ヒト型知的生命体」が暮らしている惑星は 九つの位に分かれています。
つまり それぞれの惑星で 暮らしている人々の成長段階が違っているということです。
地球は一番下の位です。(幼稚園なのですから当然です。)
そして 一番下の位ですから(=それより下はありませんから)
否定的なことも肯定的なことも ごっちゃ混ぜになっている世の中なのです
(もっと進化した人々の惑星では 否定的なことは起こり得ません。)

「神様がいるのなら なぜ世の中をもっと良くしてくれないの?」という言う人たちがいますけれども
地球上に肯定的なことも否定的なことも起きるのは そういう理由なのです。
そして それらを体験することで 「愛」と「調和」しかない「本当のあり方」へと近付いていくのです。

「ヒト型知的生命体」としての進化の最終段階では
肉体を持たないで存在することができるようになります。
つまり 肉体を持たない生命体として 存在し進化成長するようになります。
そして その前に男女の区別が無くなります。(その後 肉体を持たなくなるのですから当然です。)
植物から動物にかけては 男女の別がありました。
人間も 動物の延長として男女の別がありますけれども 
「ヒト型知的生命体」として成長の最後の方になりますと 男女の別はなくなります。
肉体的には「両性具有」 生命体としては「中性」となります。
(インドの神話などに描かれています。)

しかし 「ヒト型知的生命体」としての進化の過程で大事なのは
(つまり 宇宙の中での幼稚園から小学校に上がると何が違うのかというと)
まずは「自他の区別が無くなる」ということです。
前述のように 全ての存在は私たち自身の未来の姿か 過去の姿なのです。
つまり 全ての存在は「自分自身」なのです。
ですから 当然「自他」という区別は無くなります。
(日本語が主語を言わないのは 昔は日本人がこの段階にまで進化していた その名残です。)

そして 「全ての存在を愛する」ということです。
全ての存在は「自分自身」なのですから 当然です。

そして 「自分よりも下位の存在の進化成長を助ける」ことです。


結局 多くの地球人は 自らの未来の姿を知らないのです。
進化成長したらどうなるのかを知らないのです。
ですから 平気で自分勝手なことをしているのです。
一度の人生でも 「将来の自分の姿」を思い描くことは大事です。
そして 更には今回の人生をも より進化成長した「来来世」の自分の目で見ることも大切なのです。
それをしないからこそ 多くの人は幾度も同じような人生を送るのです。
つまり 進化成長せずに 宇宙の中での留年を繰り返したり あるいは落第したりしているのです。

地球人類は この五千年来ひたすら退化してきました。
(キリスト教が 「この世の中は五千年前にできた」としているのは
まさに人類の退化の時期しか見ていないということなのです。)
地球人類は 五千年間幼児のままなのです。

でも 私たちはいつでも選択できます。
幼稚園から小学校に上がることを選べるのです。
「宇宙という世の中」があることを認識すればよいのです。
「宇宙の中での進化成長」を認識すればよいのです。
たったそれだけのことで 小学校への門が開くのです。

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(2026/09/15)


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